日本人が移民だったころ
日本人が移民だったころ
著者/寺尾紗穂
出版社/河出書房新社
サイズ/208ページ 19*12.5cm
発行(年月)/2023年7月
生きることを考えなきゃね。朝起きたら朗らかに
日本はかつて国策として移民を推奨する「移民送り出し国」だった。そして戦後、日本に戻ってきた移民たちのなかには、故郷に居場所がなく、荒地の開拓を強いられたり、再び南米などに再移住を余儀なくされる者も多かった。札幌、沖縄、パラグアイ。移民たちが戦後にたどり着いた場所を、音楽家であり文筆家の著者が自らの足で訪ね、それぞれの家族の激動の旅路を追う。聞き書きルポルタージュの決定版!
<本文より>
“現在ニュースで語られる「移民」は、一番にアジアやアフリカ、中東などから日本へやってくる人々がイメージされ、日本社会への移民受け入れの是非をめぐる意見や、いかに共生が可能か、といった議論が交わされている。時に無知や差別意識に満ちた意見もみられるが、こうした日本人の「移民」イメージをのぞいてみると、移民はどこまでも「他者」であり、まるで日本人は移民になることなどないような錯覚にとらわれる。しかし、明治から戦後のある時期まで、日本は確かに国策として移民を推奨する「移民送り出し国」であった。”
<目次より>
まえがき
父のいない戦後 札幌・平尾富士子さん
台風と格闘した開拓 種子島・中川博司さん
遊水地に拓いた未来 我孫子・玉根康徳さん
PTSDを呼び起こされる戦後 那覇・上原和彦さん
死亡も補償も認められない 一六歳の兄の戦死 那覇・阿良光雄さん
靖国に祀られた母 札幌・野村武さん
パラグアイからアルゼンチンへ 埼玉・鈴木光さん
除草剤入らなかったらつぶれてた パラグアイ・フラム 溝際孝市さん
二つの大和村を生きた夫 パラグアイ・エンカルナシオン 中村博子さん
移民の子が大使になった パラグアイ・フラム イサオ・タオカさん
あとがき
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